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2010年3月

2010年3月24日 (水)

セキレイの樹

出張先の土浦市の駅前にある樹を見上げて????
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なんと、100羽ほどのセキレイたちがねぐらにしてました。
ムクドリやスズメのお宿は見たことが在るけど、セキレイのお宿は初めて見ましたね。
■補記■
冬場のハクセキレイは、駅前などの明るい場所で集団ねぐらを持つ習性が在るらしい。

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2010年3月23日 (火)

バリケン

この一週間は霞ヶ浦です。
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ホテルへの帰路で立ち寄った河口に変な鳥が居たので、地元のおっちゃんに聞いたら『バリケン』だとか。
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■Yahoo!百科事典■
鳥綱カモ目カモ科の鳥。南アメリカのペルー、パラグアイ、ブラジルに分布する野生種のバリケンを家畜化したもので、原生地ではおもに樹上で生活する。前肢(翼)の指端には鉤(かぎ)づめが発達している。バリケンは、ペルーアヒル、ブラジルアヒル、タイワン(台湾)アヒル、カントン(広東)アヒル、ジャコウ(麝香)アヒルなどの別名でもよばれて広く飼われている。顔面は羽がなく赤い皮膚が露出し、雄の嘴(くちばし)の基部に肉いぼがあり、麝香様の臭気を出すといわれる。頭上には毛冠様の長い羽があり、羽色には野生種の黒のほか白、黒白斑(はん)などの変種がある。成体重は雄が約5キログラム、雌が3.5キログラムで、肉量は多いが繊維が粗い。この欠点を除くために、台湾ではアヒルとの属間雑種をつくり食用アヒルとして利用する。就巣性をもつが、就巣できないようにして飼うと年約150個の卵を産む。
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こいつのデカさは、オナガとの対比で解かります。
世の中にはいろんな生き物が居るんですね。

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2010年3月18日 (木)

釧路湿原の冬鳥(2010年)

■2010年3月10日
以前から予定していた釧路への旅に先立って、急きょ札幌へ立ち寄ることに成った。
急な予定変更と札幌~釧路間の長旅は辛いものの、この区間の鉄道の旅は初めてだったので嬉しさも半分半分。

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11:51発の『スーパーおおぞら』に乗車し、4時間の北海道横断の旅が始まった。
車中からは初めて見る景色ばかりだったので、長時間の移動も意外と苦ではなかった。

釧路駅から釧路川沿いのラビスタ釧路川までは、ホテルが用意したタクシーが無料で送迎してくれる。
タクシーの運転手さんに探鳥情報を聞いてみると、阿寒町の国際ツルセンターが素晴らしいよとのことだった。
特に、午後に魚を給餌する時刻にはオオワシやオジロワシが飛来するのが見ものだとの話に心が躍った。

ホテルにチェックインし、この町でのお気に入りのお店『きや利』へ、美味しい日本酒を呑みにでかけた。

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この晩は、折り悪く季節外れで台風並みの低気圧が北海道東部を横切ったため、3月と言うのに釧路の町は一面の雪景色に逆戻りしてしまった。

■2010年3月11日
釧路駅前でレンタカーを調達し、釧路湿原のお気に入りの場所の一つである岩保木(いわぼっけ)水門へ向かってみた。
しかし、昨夜の積雪のために水門の手前で交通閉鎖されていて、水門には近づけなかったので、急きょ予定変更して鶴居村方面に向かうことにした。

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釧路湿原から塘路を経て鶴井へ向かう道中にはコッタロ湿原が拡がる。
この湿原は釧路湿原よりはマイナーで小さいものの、観光地化されていない素朴な景色には心を惹かれるものがある。

鶴居村へはオオワシを見に行くつもりだが、時期的にはいささか遅いようで、今でも鶴居村に残っているのか少し不安だった。
鶴居村近辺では数か所の施設でタンチョウに餌付けをしているのだが、前の晩にネットで情報調べをしたところ、国際ツルセンターでは魚の給餌は2月ごろで終わると書いてあったので、オオワシやオジロワシとツルとのショットを撮るのは無理な雰囲気だった。

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13時ごろに国際ツルセンターへ到着。
受付のお姉さんに聞いてみると、『今年はエサのウグイが余っているので、まだ給餌してますよ』との、予定外の嬉しい返事にニッコり。
入場券を買って給餌場へ向かうと、すでに何人ものカメラマンがカメラをセットしていて、14時からの給餌を待ち構えていた。

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かつては、生息地の破壊や狩猟などによって数十羽までに数を減らしたタンチョウだったが、地元の人々の手厚い保護や給餌によって今では数百羽まで増えたらしい。

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もうすぐウグイの給餌が始まる13時半、前方の林からオジロワシが舞い降りてきた。
まるで、彼らなりの体内時計で給餌の始まる時刻を知っているかのようだった。

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ウグイの給餌がはじまったとたん、どこからともなく数羽のオジロワシが現れた。
オジロワシは、夏場の稚内や野付半島で何度か見ているが、どれも薄汚れた感じで魅力を感じなかった。でも、今日のオジロワシはとても奇麗で荘厳な感じさえする。

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昨日の天気予報では、台風並みの低気圧のために釧路は60cmの積雪との予報にはびびったが、予報が外れて雲一つ無い晴天にオジロワシの真っ白な尾羽が映える。

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林の中からキタキツネが顔を出した。どうやらタンチョウの餌のおこぼれを貰いに来たようだが、タンチョウの猛烈な攻撃に負けてすごすごと林に戻って行く姿が哀れだった。

今回は残念ながらオオワシには会えなかったけれど、オジロワシや他のエキストラたちがけっこう楽しませてくれた。

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タンチョウやオジロワシを満喫したら釧路の海が見たくなったので、日没前の白糠の海へ向かってみた。
波のパイプラインをぬうようにして海面すれすれに飛ぶカモメにしばし見とれた。

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■2010年3月12日~3月16日

この間は釧路市内の客先で本業に追われる日が続いた。
Ashの仕事は肉体的にはきつくは無いものの、失敗が許されないので精神面でのストレスは大きい。

釧路の次には埼玉県と茨城県の出張予定が続いている。
今回は出張のハシゴでずっと家に戻っていないので、すこし気持ちがバテてきた。

■2010年3月17日

釧路での仕事も昨日で一区切りついたので、今日はオオワシを探しにコッタロ湿原や塘路・シラルトロ湖方面へ向かうことにした。

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数日前の雪もほとんど解けて、今日は快適なドライブに成りそうな気がする。
今日の予定では走行距離も短いので、予算を削って軽四輪のレンタカーを借りることにした。(この貧乏根性が後で大きな失敗の引き金に成るとも知らずに)

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コッタロ湿原は禁猟区なので、ここに棲む鹿たちは人を怖がらない。

湿原のあちこちを走って見たが、この近辺にはオオワシが居そうに無いので塘路湖の奥まで向かうことにした。
ナビを見ると、塘路湖の北側には林道が在るので、ひたすら山奥を目指した。

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山奥に向かうにつれて積雪量が多く成ってきたので不安にだったが、車のわだちもあったので、もう少し奥まで走ってみることにした。
突然、ガクッと音がして車が雪に突っ込んでしまった。
あわててバックを試みたが、四輪とも空回りして二進も三進もゆかない。

ジャッキアップしたり枯れ木や小石をタイヤの下に敷いてみたりしたが、どう足掻いても脱出できそうに無い。
周囲を見渡すと、はるか先に牧場が在ったので、助けを求めて牧場まで向かって見た。
しかし、運悪く留守だったので車に戻ることにした。

このままでは夜に成ってしまうし、こんな山道へ来る車も滅多にないので、意を決してJAFのロードサービスを呼ぶことにした。
携帯でおおよその場所を知らせて待つこと一時間。JAFのジープが駆け付けてくれて、スタックした車をロープで牽引してくれた、メデタシメデタシ。

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オオワシには会えなかったし、車の破損でレンタカー会社に数万円の賠償金を払ったりで散々な一日だったけれど、『きや利』でジャンボギョウザと美味しい日本酒を堪能して英気を取り戻した。

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釧路での一週間を終えて、関東方面の出張先へと向かう。
この年度が終わるまでは、まだまだハードな出張の日々が続くはずだ。

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2010年3月10日 (水)

マレーシアでたこ焼き屋

日本沈没の日が遠くないことを痛感させられるコラムが、数日前の朝日新聞に掲載された。
沈没とは言っても列島が海に沈むわけではなくて、国の経済が破綻してしまうことなんだけど。
コラムによると、国や地方の借金は先進国で最悪の水準で、10年度政府予算案は税収が歳出の半分にも満たない異常事態らしい。

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10万円しか月収の無い人が20万円の暮らしを続けるとどうなるかは小学生でも理解できることなのに、前回の選挙で国民の大きな期待を受けて大勝した新政権でさえ抜本的な策を講じる知恵が無いようだ。

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折りしも、かつての部下だっ女性と久しぶりに会った。
会社の近所のインド料理店でお互いの近況報告を兼ねた呑み会だったけど、老後の人生の身の振り方の難しさと重さを痛感した夜だった。
彼女は50歳代で現役のITエンジニアなんだけど、とても頭脳明晰で決断力にも富んだ人なので、年上の私が色々と教えてもらうことが多い。

彼女の開口一番は、『このまま日本で暮らしていても将来に希望が持てない』、そして『気候の温暖な国に移住して老後を過ごしたい』と。

彼女はライフプランにも長けていて、個人資産は数カ国のファンドに分散投資している。資産の運用先を分散することでリスクヘッジできるので賢明な選択だろう。
海外で暮らすためには最低限の英会話のスキルが必要だが、何年も前からトレーニングを続けている。

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すでに数カ国での現地調査も実践している彼女の調査によると、マレーシアなどは気候が温暖だし物価も安いので、場合によっては資産を切り崩さずに暮らせるらしい。

マレーシアでは小さなたこ焼き屋を開いて、日本の文化を伝えたいのだとか。
たこ焼き屋では多くの収入は望めないだろうけど、暮らしのモチベーションを高められるだろうし、お店を通じて現地の知り合いも増えるので結構な話だ。

そんな話を聞いている私は、どの程度の将来設計を持っているんだろうか?
望遠レンズを担いであちこちの野鳥を見てのんびり暮らす夢だって、日本経済が破綻すれば実現できなくなってしまう。

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