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2009年7月

2009年7月31日 (金)

ゼニガメの赤ちゃんが病死した

悲しい話しだけど、去年の夏から飼い始めたゼニガメ兄弟の一匹、『とーくん』が他界してしまった。



■4月上旬
とーくんの異変に気がついたのは、この頃だった。
『かーくん』と名付けた兄弟(姉妹かも?)と一緒に水槽で飼ってたんだけど、とーくんの甲羅に白くてモヤモヤのもの出てきて、それが何箇所にも増えだした。
ネットで検索してみると、白いものはカビらしくて、水槽の中が不潔だと発生しやすいとか。
実は、この異変に気がつくまでは、自然に近い環境で飼ってあげたくて、水槽には砂や水草を入れていた。
カメちゃんたちのフンやエサの食べ残しでかなり水が汚れてたらしいけど、砂を入れていたので水の汚れには気がつかなかった。そんなわけで、水替えは一週間に一度程度しかしてなかったが、砂無しで飼うように変えてからは1~2日で水が汚れることが解ってびっくりした。

■4月中旬
こまめに水替えをするようにしてからも、とーくんのカビはいっこうに改善の気配がない。ネットの情報によると、イソジンを薄めて沐浴させてあげると効果が在るらしい。
この頃から、毎朝のイソジン沐浴がとーくんの日課になった。

■4月下旬
イソジン浴の効果があったのか、とーくんのカビは増えなくなった。でも、どうやら身体の奥深くまでカビが浸食しているようで、かーくんに比べると元気が無い。

■五月始め
とーくんは相変わらず元気が無い。我が家の家族入りした頃は同じ大きさだった二匹だったが、今では一回りほどの差が付いてしまった。
家族で相談した結果、やはり動物病院でカビの治療をしてもらおうと決めて、電話帳で近所の動物病院を調べてみた。
動物病院探しで知ったことだが、爬虫類などを扱ってくれる病院は少数派らしい。
我が家の近所にはカメを診てくれる病院が無くて、カメちゃんの飼い主である娘と一緒に高速道路で30分ほどの堺市まで行ってみた。
病院では、カビの部分をピンセットなどで取り除いてもらい、体力をつけるためにビタミン注射もしてもらった。
診察室から戻ってきたとーくんは、カビの部分がクレーターのようにえぐれて血がにじみ、とても痛々しかった。
いつもは陽気な娘だけど、とーくんの無残な姿はさすがにショックだったようで、帰路の車中では涙をこらえるのがやっとだっだな。
Rimg0217_2

とーくんは、病院で処方してもらった抗生物質の軟膏を、沐浴の後で塗ってもらうのが日課に成った。

■5月上旬
ドクターから紫外線不足で病気に成るとのアドバイスも在り、カメちゃんたちを日光浴させるための紫外線ランプを買った。
カメちゃんたちの水槽は、我が家で最も日当たりのよい東向きの出窓に置いていたので、まさか紫外線不足とは考えもしなかったが、紫外線のほとんどは窓ガラスで吸収されてしまうのだとか。
この頃から、数時間の紫外線浴がカメちゃんたちの日課に加えられた。

■6月上旬
沐浴や軟膏や紫外線浴の効果が在ったのか、とーくんの身体にカビは生えなくなったし、傷跡には少しずつ肉が盛ってきたので、近いうちには全快するものと喜んでいた。

■7月上旬
この頃からエサの食べる量が減ってきた。
どうやら、エサを上手に呑みこめなくなったようで、一度口に入れても半分ほどは吐き出してしまう。
もともと小さいエサをさらにすりつぶして粉状にしてみたが、ほんの少ししか食べてくれない。
この頃からとーくんは目に見えて消耗しだし、甲羅や皮膚の色合いも薄れ出した。

■7月中旬
ネットで爬虫類用の液状ビタミン剤を取り寄せた。
毎朝の沐浴の水に混ぜてはみたが、飲んでくれている様子もない。

■7月下旬
この頃から目も開かなくなり、日がな一日水槽の隅でじっとしている。
家族一同で相談した結果、いまさら病院に連れて行っても辛くて痛い思いをさせるだけだろうから、このままで見守ってやることにした。

■7月31日
夜に帰宅すると、『とーくん、死んじゃった』との家人からの報告。
この数カ月の辛そうな姿を見ていただけに、悲しさと同じくらいほっとしたと言うのが本音だろうか。
明日は庭の片隅にお墓を作って埋めてやることに成った。

まだ幼児ほどだったとーくんが他界した原因は、私たちの知識不足と努力不足だった。
皆さん、カメちゃんの水替えと紫外線浴、それに愛情は欠かしたらダメですよ。

これは、我が家に来た頃のゼニガメ兄弟の話

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2009年7月 6日 (月)

宇宙から国境が見える

毛利宇宙飛行士がスペースシャトルの窓から地球を見て、『宇宙から国境は見えない』と言ったのは有名な話だが、下の写真をじっくり見ると色んな国境が見えてくる。
Earthlights2_dmsp_big

例えば、朝鮮半島。
半島の南半分は明るく輝いているのに対して、北側にはほとんど灯りが見えない。
元はと言えば一つの国土だったものが、同胞が同胞を虐殺する悲惨な戦いの日々の末に、北緯38度線で二つの国に区切られたのは、ほんの半世紀前のことだった。
気候も地勢もほとんど似通った二つの国が、これほどはっきりと弁別できるのは驚異でもあり、恐怖さえ感じる。

アフリカ大陸の中では、南アフリカの部分が浮だって明るいのは、この国が世界有数の資源産出国であることに繋がるのは当然だろう。

ヨーロッパはどうだろう。
かつては東側諸国としてソビエト連邦の影響下に置かれた東欧諸国の国々の灯りは、西欧諸国に比べて見劣りがする。
ただ、旧東ドイツだけが暗さを感じないのは東西ドイツの統一後に西側の資本が大量に注入されたお陰だろうか。

物質資源の豊富さは、必ずしも人の心の豊かさと等しいとは言い切れないけれど、山菜の根を食べて飢えをしのいでいる人々の暮らしは、趣味や芸術などをエンジョイするにはほど遠い。

前掲の写真のオリジナルは、このアドレス。
http://antwrp.gsfc.nasa.gov/apod/image/0208/earthlights02_dmsp_big.jpg

NASAのサイトには、この写真以外にも宇宙や地球の色んな写真が載ってますよ。
http://antwrp.gsfc.nasa.gov/apod/archivepix.html

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