« カーと鳴いたカケス | トップページ | エンジニアのエスプリ »

2008年3月17日 (月)

嗚呼、思い出の横浜黄金町

京急線で横浜駅から三つ目の駅、黄金町。
この界隈、今では高層マンションが立ち並ぶ住宅街ですが、かつては横浜スタジアム近くの寿町と並ぶ日雇い労働者の街(ドヤ)でした。
まあ、大阪では釜ヶ崎、東京の山谷のような街ですね。
Ashは、数日前からこの駅に近い某大学病院の仕事のために駅前のホテルに宿泊中なんですが、今朝は線路を挟んだ向かい側の旧ドヤ街を散策して来ました。

Dsc03486_3 ■今でも旧青線地帯(私娼街)の名残りを強く残している。

実は、この黄金町には古くて甘酸っぱい思い出があるんです。
40年ほど前、Ashは愛知県の某大手自動車関連メーカーに就職しました。
その工場にはたくさんの若者が働いていて、お昼休みには敷地内の公園は若者たちで埋め尽くされていました。
地方から出てきたばかりのAshには友人も少なくて、おおむねベンチで独りでボーっと本を読んでることが多かったですね。
ある日、そんなAshにJunと呼ばれている女の子が声をかけてくれたんです。
Junのことは余り知らなかったけど、同僚たちの話を総合すると、年齢はAshより少し上らしく、近隣の暴走族のマドンナ的存在だったようです。
その後、Junとは何回か食事をしたり、彼女が運転するベタベタに車高を落とした改造車でドライブしたりしたんですが、その工場でラインに立って一生を過ごすことに疑問を持ったAshは、その夏に退職して大阪の会社へ再就職しました。

その当時は携帯電話もメールも無かったので、Junとのコミニュケーションの手段はAshが暮らしてた独身寮の公衆電話からJunの自宅へ電話するか、文通くらいに限られました。

「わたし、学校の勉強は嫌いだったから」と謙遜するJunから届く手紙の文字は、お世辞にも上手とは言えなかったし、誤字や脱字ばかりだったけど、彼女が暴走族仲間にも話したことの無いだろう心の奥底や、彼女の暗い生い立ちなどを一生懸命に書いてくれました。
名古屋と大阪という遠距離の交際ながら、数ヶ月に一度程度はお互いの本拠地を訪ねあってのデートもしました。


Dsc03485_3 ■人間用セルフコインシャワー、なんのこっちゃら。でも、いかにもドヤ街らしいビジネスでもある。

ある日、Junから「わたし、本当はJunじゃ無くってスンジャなんだ」と告られました。
「えっ、それってどんなこと?」と聞いたAshに、両親は北朝鮮籍であり、実の母親はJunが小さい頃に離婚して消息不明なこと、将来は北朝鮮に移住するかも知れないことなどを教えてくれました。
たとえ本当の名前がJunで無くっても、AshにとってはJunそのものに変わりが無いことを答えると、すごく喜んでくれたJun。
でも、表向きには強がりで暴走族のマドンナの彼女が、ふとした瞬間に見せる陰りの理由が少しは解かったような気がしたAshでした。

たまには、時の経つのも忘れてお泊りすることも在った二人だったけど、「わたしたち結婚してないんだから、変なことしたら駄目だよ」と諭されて、素直に「うん」と従う純真なAshちゃんでした。
「なんであの時にケダモノに成っとかへんかったんやろ」と後悔したことも在るけど、子供どおしの関係だったからこそ今でも美しい思い出として残ってるんだろうな。

Dsc03488 ■朝の大岡川ではカモメが朝食の餌探しで忙しそうだった。

その年の大晦日、会社の独身寮で一人寂しくテレビを見ていたAshにJunから電話が在り、「お母さんが見つかった。横浜の黄金町という街のホテルに居るらしい」、「いますぐ会いに行きたいんだけど、一緒に行ってくれる?」とのJunの言葉が終わるのももどかしく、愛車のホンダN360ツーリングスポーツを愛知県に向けて駆ったAshでした。
ツーリングスポーツとは言っても、わずか牛乳瓶2本ほどの容量しかないKカーなので、名神高速をぶっ飛ばしたときのエンジンの音が悲鳴に聞こえて、少し可愛そうだったことを覚えてます。
Junとは高速道路のインターチェンジで落ち合い、そのままAshのN360で横浜へ向かった二人。車中では普段のように軽口を交わすことも無く、時折り覗いたJunの横顔はとても緊張してて、今にも泣き出しそうだった。

まもなく新しい年を迎えようとする時刻に、お母さんが居るらしい黄金町のホテルに到着。Ashは車に残り、Jun一人でホテルのフロントに向かった。
Junが戻るまでの時間はとても永く感じたが、おそらく10分程度だったろう。うつむき加減で、とぼとぼと車に戻ってきたJunの顔は蒼ざめていて、目からは大粒の涙がこぼれていた。
どうやら、お母さんは数日前にこのホテルをチェックアウトし、どこか遠くの飯場へ行ってしまったらしい。
飯場の名前や場所は誰も知らないらしく、もうお母さんを探す手がかりも無くなってしまったJun。
二十年近くもこの日を夢に見てきた彼女にとって、とても残酷で辛い大晦日だったに違いない。

Dsc03484 ■40年も経てしまった今、どこが思い出のホテルだったのか見当もつかない。

Junとはその後も何通か手紙を交わしたが、ある日の夜に彼女の継母からAshに電話が掛かってきた。
「娘は北朝鮮籍の人と見合い結婚させます。あなたたちが好き会ってるのは知ってるけれど、日本人と朝鮮人が結婚しても子供たちには国籍が無いんだよ。だから、あなたは娘と別れなさい。」と。
電話の向こうで、Junのすすり泣きが聞こえた。今のAshならば色んな反論を言う知恵も勇気も在っただろうが、その当時の素直で弱いAshには、お母さんに対する反論の一言も言えずに電話を切ってしまった。

その後、風の便りでJunは北朝鮮籍の人と結婚したと聞いた。結婚相手はとても暴力的で、Junはあまり幸せで無いらしいとも。
Junの消息はそれっきり途絶え、はたして彼女が今も日本で暮らしているのか、北朝鮮へ渡ったのかも知るすべは無い。
もし、どこかで生きているのなら幸せであって欲しい。

Dsc03489 ■かつては、このヌード劇場も労働者たちの熱気が溢れていたんだろうか。

今では、むくつけきメタボ親父に堕ちてしまったAshだけど、実はこんな純真無垢な一瞬もあったんですよー。

話変わって、井筒監督作の「パッチギ」に出演してたキョンジャ役の沢尻エリカちゃんは、Junとの思い出をオーバーラップして見て来ただけに、例の「別にぃ」発言はかなりのショックだったな。

| |

« カーと鳴いたカケス | トップページ | エンジニアのエスプリ »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 嗚呼、思い出の横浜黄金町:

« カーと鳴いたカケス | トップページ | エンジニアのエスプリ »